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衛生学教室旧蔵中国古医書コレクションについて CiNiiでみる

著者名:
古賀 京子 

抄録:
九州帝国大学医学部衛生学教室旧蔵の中国古医書コレクションについて報告する.清朝末期から中華民国初期にかけて出版された 293部,約 2000冊の唐本が,昭和4年に衛生学教室で受入され,その後医学 図書館 の所蔵となり貴重書庫内で他の和漢古医書と混配されていた.今回この資料群を目録データベースに登録し,コレクションとして別置した.

出版年月日:
2020-07 , 
巻:
, 
号:
2019 , 
ページ:
49-59 , 
ISSN:
1881-3542

狩野文庫目録増補改訂版作成の試み(5)~和刻本漢籍集部・叢書部~ CiNiiでみる

著者名:
小林 真理絵  小飯塚 猛  菅原 真紀 

抄録:

出版年月日:
2020-03-27 , 
巻:
, 
号:
7 , 
ページ:
51-70 , 
ISSN:
0914-9791

狩野文庫目録増補改訂版作成の試み(4)~和刻本漢籍子部(2)釋家類~ CiNiiでみる

著者名:
小林 真理絵  小飯塚 猛  菅原 真紀 

抄録:

出版年月日:
2020-03-27 , 
巻:
, 
号:
7 , 
ページ:
29-49 , 
ISSN:
0914-9791

『源氏物語』における二字漢語動詞の特徴 ――漢語受容における漢語の和語化について―― CiNiiでみる

著者名:
柚木 靖史 

抄録:
本稿は、『源氏物語』の二字漢語動詞を対象に、その語種と使用数を確認し、それぞれの語について、中国文献での意味と『源氏物語』での意味を比べた。その結果、『源氏物語』の二字漢語動詞には、「中国文献(漢籍・仏典)での意味とほぼ一致する漢語」「中国文献に比べて『源氏物語』の漢語の意味が限定的である漢語」「中国文献と『源氏物語』とで、意味が異なる漢語」が認められ、もっとも多いのは、「中国文献に比べて『源氏物語』の漢語の意味が限定的である漢語」であり、この意味の限定化が漢語受容の大きな特徴の一つであることを指摘した。

出版年月日:
2020-03-13 , 
巻:
, 
号:
1 , 
ページ:
72(1)-50(23) , 
ISSN:
2435-3124

大東急記念文庫蔵古活字版悉皆調査目録稿 CiNiiでみる

著者名:
高木 浩明 

抄録:

出版年月日:
2020-03 , 
巻:
, 
号:
40 , 
ページ:
157-364 , 
ISSN:
0289-0410

『源氏物語』若菜上巻における明石入道の夢について : 漢籍に見られる夢解きの方法の視点から CiNiiでみる

著者名:
呉 松梅 

抄録:
「夢」は日本と中国の古典文学にしばしば登場する。『源氏物語』に登場する数々の夢の中で、明石の君が生まれる時に明石の入道の見た夢は、物語の展開に重要な役割を担っている。この夢に関して古注釈書『花鳥余情』は皇后と天皇の明石一族からの誕生を予言する夢だと解し、従来の論は殆どそれを踏まえている。ただし、一族の栄華を予告したこの夢を固く信じ、その実現に一生を賭けた明石の入道が、夢を解読した後、すぐに京を離れ明石に下り、二度と帰京しなかった行動にはまだ謎が残っている。本文によれば、夢を見た後、入道は「俗の方の書を見はべしにも、また内教の心を尋ぬる中にも、夢を信ずべきこと多くはべし」とあって、つまり漢籍や仏典などいろんな書物を調べた後、夢を信じるべしと判断し、明石に下ったことになっているのである。果たして書物は入道に対していかなる示唆を与えたのであろうか。このような問題意識のもとに、明石という場所が夢の実現に結びつく必然性を探るため、本論では漢籍の夢の解き方を手がかりとして考察した。歴史書、筆記、伝奇などの漢籍にたびたび登場する夢も、将来を予告するような重要な機能を果たしている。『史記』や『三国志』、『北斉書』などの歴史書、それに唐代の随筆集『朝野僉載』に記された幾つかの予告夢を分析すると、漢籍に多く見られる夢解きの方法に「漢字占い」があると分かる。特に予告夢の場合、この方法がより多く使われているようである。 同様の漢字の分解、組み合わせの方法は、古来より日本人にも熟知されており、平安時代の詩文に多々見られる。日本最古の例は『万葉集』に見られる。他に、『和漢朗詠集』などにも同じ手法が使われている。漢籍では予告夢の解き方としてよく使われ、平安時代の日本の文人にも熟知されている漢字の分解や組み合わせを用いて『源氏物語』若菜上巻の明石入道の夢を解読するならば、一族の栄華の実現に関わる場所のヒントが明石入道の夢に読み取れよう。

出版年月日:
2020-03 , 
巻:
, 
号:
18 , 
ページ:
1-11 , 
ISSN:
1347-9415

仁斎・徂徠・仲基における漢籍の解釈学 (中谷伸生教授 古稀記念号) CiNiiでみる

著者名:
井上 克人 

抄録:
中谷伸生教授古稀記念号

出版年月日:
2020-03 , 
巻:
, 
号:
13 , 
ページ:
337-348 , 
ISSN:
1882-7748

日本古代における女性の漢籍習得 (中国学術の東アジア伝播と古代日本) -- (日本における中国学術の受容と展開) CiNiiでみる

著者名:
野田 有紀子 

抄録:

出版年月日:
2020-01 , 
巻:
, 
号:
242 , 
ページ:
186-198 , 
ISSN:

敦煌本漢籍書誌目録(スタイン本・書類) CiNiiでみる

著者名:
小助川 貞次 

抄録:

出版年月日:
2020 , 
巻:
, 
号:
73 , 
ページ:
91-116 , 
ISSN:
0386-5975

ボストン美術館所蔵岡倉天心旧蔵漢籍について CiNiiでみる

著者名:
松村 茂樹 

抄録:

 世界有数の美術館である米国のボストン美術館は,東洋美術の殿堂とも称せられる.その東洋美術コレクションが,1904年から亡くなる1913年まで在籍(1910年からは中国・日本美術部長)した岡倉天心(名は覚三,1862―1913)によって整備され,充実の度を加えたことは有名である.

 岡倉は,卓越した学識を具えていたが,漢学者というわけではなかった.だが,早年からの友人で,当時上海に住んで「中国最後の文人」たる呉昌碩(1844―1927)と深く交わった長尾雨山(1864―1942)に教示を請うなどして,漢学の造詣を深めた.

 筆者は,2015年4月より1年間,ボストン大学客員研究員としてボストンに滞在し,ボストン美術館で岡倉及び長尾の中国関連事業に関する資料調査をする機会に恵まれた.そして,中国・日本美術部の図書室で,当時購入された関係漢籍類226件を調査し,「ボストン美術館中国・日本美術部図書室所蔵漢籍目録抄」を作成して,その中に,岡倉の歿後,遺族から寄贈された旧蔵漢籍39件が含まれていることを確認した.

 本稿では,これら岡倉天心旧蔵漢籍を中心とするボストン美術館所蔵漢籍を紹介し,その分析を行いたい.このことにより,ボストン美術館を東洋美術の殿堂たらしめた岡倉の漢学造詣の本質を明らかにできると思われる.


出版年月日:
2020 , 
巻:
2020 , 
号:
30 , 
ページ:
122-133 , 
ISSN:

宮內廳書陵部所藏德山毛利家舊藏漢籍分類目錄(稿) CiNiiでみる

著者名:
根ヶ山 徹 

抄録:

出版年月日:
2020 , 
巻:
70 , 
号:
, 
ページ:
63-117 , 
ISSN:
0551-133X

伊耶那美命の呼びかけ : 漢籍の影響 CiNiiでみる

著者名:
古橋 充行 

抄録:

出版年月日:
2020 , 
巻:
, 
号:
6 , 
ページ:
41-58 , 
ISSN:
2189-3543

近衞家凞が讀んだ漢籍鈔本 (芳村弘道敎授退職記念論集) CiNiiでみる

著者名:
松尾 肇子 

抄録:

出版年月日:
2019-12 , 
巻:
, 
号:
664 , 
ページ:
775-801 , 
ISSN:
0287-7015

明治時代初期の藩校図書 : 信州高遠藩の蔵書選択にみる図書の利用 CiNiiでみる

著者名:
白井 純 

抄録:
This paper discusses the use of and the demand for the books owned by domain schools in the early Meiji period, using the case of the Shinshu Takato Domain.In 1874, the books owned by the domain school of the Shinshu Takato Domain were confiscated by the now-defunct Chikuma Prefecture, which mediated the dispute over the ownership of the books after Haihan-chiken (abolition of feudal domains and establishment of prefectures). However, some of the books were kept in the area thanks to the efforts by local people involved in education. This paper compared these books that were confiscated by the prefectural government, kept in Nagano Normal School, and then have been passed on to the library of the Shinshu University Faculty of Education as "Domain Library," with the books that have been passed on to the local library of Takato-cho carrying the name of the domain school "Shintoku-kan," and analyzed the characteristics of the Chinese classic books categorized according to the four-fold classification system as well as Japanese books based on whether they have kanbun kundoku (Japanese reading of Chinese characters) or not.The results of the analysis showed that many of the books that remained in the area were history books and the majority of them have body texts with kun-yomi (native Japanese reading), while most of the Ming editions and Qing editions generally considered valuable books today as well as many of the book whose body texts do not have kun-yomi are included in the books confiscated by the prefectural government. Based on how the history books were kept in a systematic manner, it is believed that the local people had control over the choices and kept those books intentionally. In addition, the local people did not keep the books written by Sorai Ogyu and Shundai Dazai, who were from Kobunjigaku, the traditional school of Takato Domain, which suggests how the books kept in the domain school were used and what kind of demands there were in the early Meiji period.It was revealed the people in Shinshu Takato chose the books they needed in the early meiji period, not because of scholarly tradition or rareness of the books, but because of the practical utility of the books, that is, they chose the books whose body texts have kun-yomi, which are easy for Japanese people to read, and the history books that allow us to learn concrete examples from facts. The books from the domain school are still used in the early Meiji period, which is probably why the people kept practical books in their community.I would like to further explore the books from the perspective of the archive kept in the prefectural government and their connection with the educational system of the Meiji period.

出版年月日:
2019-12 , 
巻:
79 , 
号:
, 
ページ:
29-46 , 
ISSN:
1347-7013

日本對俗字的接受與應用 : 以年齡代稱與賀壽爲例 CiNiiでみる

著者名:
玄 幸子 

抄録:
平安時代に遣唐使によって将来された漢籍は鈔本 (寫本) であり、唐寫本に見える俗字も同時に伝来された。刊本成立以後の中国では鈔本はほぼ消滅し漢字字体の規範化も進むが旧鈔本の歴史を有する日本では伝来時のままの字姿を伝えている。長寿祝いの年齢呼称に喜寿、傘寿、卒寿があるが、いずれもその俗体である㐂、仐、卆を分解して77,80,90 の歳を表す。日本特有の年齢呼称に、平安時代の漢籍伝来に伴う俗字受容とその後、鎌倉・室町時代を経て江戸時代に定着、現代日本の国語辞典の項目として立つことになった変容の過程を見ることができる。

出版年月日:
2019-10 , 
巻:
, 
号:
21 , 
ページ:
55-60 , 
ISSN:
1883-9355

敦煌本漢籍における加点の問題について CiNiiでみる

著者名:
小助川 貞次 

抄録:

出版年月日:
2019-09 , 
巻:
143 , 
号:
, 
ページ:
86-78 , 
ISSN:
0454-6652

『源氏物語』漢籍典拠小考 : 「まことの聖にはしけれ」と「白虹日を貫けり」 CiNiiでみる

著者名:
陸 穎瑤 

抄録:

出版年月日:
2019-08 , 
巻:
120 , 
号:
8 , 
ページ:
17-31 , 
ISSN:
0288-2051

漢籍デジタルアーカイブの相互運用性 : 書誌データを中心に (大会シンポジウム 新たなデジタル化時代の中国研究) CiNiiでみる

著者名:
木村 麻衣子 

抄録:

出版年月日:
2019-07 , 
巻:
, 
号:
34 , 
ページ:
30-43 , 
ISSN:
0912-9308

『訓蒙図彙』寛文版本と『本草綱目』 : 「狒狒」をめぐって CiNiiでみる

著者名:
楊 世瑾 

抄録:
寛文六年(一六六六)刊、中村惕斎撰『訓蒙図彙』二〇巻は、日本最初の絵入り百科事典である。明・万暦二四年(一五九六)刊、李時珍撰『本草綱目』は本草書である。第一に、『訓蒙図彙』寛文版本「狒狒」の図像は、『本草綱目』「狒狒」の図像の向きを左右反対にし、さらに『本草綱目』の本文に示された「狒狒」の長い毛髪、笑みを浮かべた表情、岩に寄りかかるポーズを、『本草綱目』以上に忠実に図像化したものであった。第二に、『訓蒙図彙』寛文版本「狒狒」の本文は、『本草綱目』和刻本の本文、引用漢籍のみならず、これらを駆使して考証を加えた李時珍の説をきわめて厳格に踏襲し、尊重する姿勢を示している。

出版年月日:
2019-07 , 
巻:
, 
号:
20 , 
ページ:
82-76 , 
ISSN:
1880-7828

「上代文学会シンポジウム 山上憶良と漢籍・仏典」司会記 (特集 山上憶良と漢籍・仏典) CiNiiでみる

著者名:
山口 敦史 

抄録:

出版年月日:
2019-04 , 
巻:
, 
号:
122 , 
ページ:
44-48 , 
ISSN:
0287-4911